お侍様 小劇場 extra

   “秋の気配に” 〜寵猫抄より


その頭と半ばまでこそ、
新しい月が明けたと気づいてないものかと思わせるほどの、
途轍もない残暑にあえいだものの。
月の頭に長っ尻のまま被害を出したのと同じほど、
大きな台風がまたぞろ居座ってののちには。
空気がよっぽど大きく入れ替わったものか、
朝晩の涼しさにもずんと拍車が掛かったようでもあって。

 「お昼間の暑さは、油断してると結構なもんだけどもね。」

それでも、木陰にいればしのげるほど、
心地のいい風が吹くよになったし。
萩の茂みがさわさわ揺れて、
その気配にそそられたらしい仔猫さん、

 「みゃあう?」

真ん丸なお尻をぽてんと降ろしてた、モクレンの木陰。
まだ瑞々しい緑の芝が絨毯のような庭先で、
洗濯物を取り込んでいた七郎次だったの、
まだかなまだかなとお行儀よく眺めていたものが。
窓ガラスへと映り込んだ小さなメインクーンちゃんのお尻尾が、
ひくひく・はたりと小さく波打って。

 「………おや。」

お次は何を探しているものか、
庭のあちこちを小さな頭を左右に振っての、
キョロキョロと見回す姿がまた。
落ち着きがないことも気になるがそれ以上に、

 「  みゃっ☆」
 「……おっと。」

加減をしらない“あっち見てこっち見て”の繰り返しだったため、
自然と目が回ってしまったのだろう、
ふらふらと上体が揺れ始め、
あっと言う間に横ざまに“こてん”と転びかかったのを。
引っつめに結っていた金の髪の後れ毛も何のその、
たかたかと足早に戻って来た七郎次おっ母様。
取り込んだ洗濯物を入れたカゴをとんと素早く足元へおくと、
だがだが小走りだった駆け足は緩めぬまんま、
最後の数歩はお膝を芝生へ突きながら、
えいやっとその身を伸ばして、そして。
ぐらんと倒れ込みかけた坊やを、ナイスレシーブで手のひらへと受け止める。
真ん前にお空を見上げる格好になったのは同じだったけれど、

 「みゃーにゃ。」
 「ビックリしちゃったねぇvv」

あれあれ? 何で地面も回るの?と、
ぐらんぐらんとドキドキが、一緒に襲い掛かって来るのはなかったの。

 『猫の三半器官は、
  人のそれよりバランス感覚に優れているハズなのだがな。』

目が回ったらしいとの話を聞いた勘兵衛が、
はて?と小首を傾げるまで、
七郎次には特に不審な現象でもなく。
まだちょっと目が回ったまんまなのか、
手際よく抱え直された いい匂いのする懐ろの中、
彼の側からも小さなお手々で、
おっ母様の羽織っていたオーバーシャツの前合わせ、
きゅうと懸命に握る、非力な覚束なさがまた、

  「〜〜〜〜〜。/////////」

うああ〜〜〜っvvと、
七郎次の胸中を揺さぶってしまうのもまた相変わらずで。

 「みゅう…。」
 「…落ち着いたのかな?」

ふわふかな金の綿毛が動いて、いとけないお顔が上を向く。
濁りのない紅色の玻璃玉のような瞳が
双眸それぞれの潤みの中にて瞬いて。
やわやわなお手々、ねえねえというように七郎次のシャツを引き、
何かを訴えたそうな趣きであったが。
懸命に小首を傾げて、みゃあみゅうと繰り返されても、
いかんせん詳細までは伝わらぬようであり。
それでも“何だろ、どうしたんだろ”と、
コトの前後を思い出し直し、

 「そうそう。何を探していたのかな?」

それでのこと、右へ左へと首を振ってた彼ではなかったか。
懐ろの中、すっぽり収まっている愛し子を
包み込むように抱えたまんま、覗き込むようにして尋ねれば、

 「みゃうみぃvv」
 「お…?」

懐ろの中からではなく、少し先からのお声が立って、
あれれぇと顔を上げれば、
少し先の萩の茂みの根元に、クロがちょこりと座っておいで。
小さな姿は ともすれば陰に紛れてしまいそうな頼りなさだが、
今は、金色がかった陽が、
庭じゅうに ふんだんにあふれているので大丈夫。
小さな黒猫さんの輪郭も、
ぽやぽやとやわらかな金色に縁取られているほどだったりし。

 「クロちゃん、何か見つけたかい?」

ともすれば久蔵よりも冒険心が旺盛なおちびさん。
それでなくとも体が小さいのだから、
同じ広さも高さも、彼には倍になるのではないかと思われるのに。
それより何より、まだまだ赤ちゃんのはずだのに。
久蔵が以前に失くしたボールをどこかから見つけて来たり、
七郎次がうっかりと飛ばしてしまったハンカチを、
以下同文して来てくれたり、
庭のあちこち、隅々まできっちりと把握してしまわんという勢いで、
毎日 いつの間にか姿を消しちゃあ、
意気揚々と探検しておいでのようであり。

 「にゃんみぃ♪」

今も、七郎次が問いかけると、
まるで言葉が通じているかのように、愛らしいお声を返して来、
ぴょこりと立ち上がって萩の向こうへと向かい始める。

 「あれまあ。」

ついておいでよと言ってるようなので、
抱えていた久蔵坊やを見下ろし、
視線が合ったそのまんま顔を見合わせてしまったが、
うっかりしていると見失いそうだったので、

 「あ、待ってって。」

急ごう急ごうと、
小さな坊やを抱えての立ち上がり、
もっと小さな仔猫さんを追ってゆく。
陽の強さもさほど変わったようには思えないのに、
これも空気が乾いたせいだろか、
やれやれと うんざりした真夏とは一味違い、
カラリとしていて何とも心地いい。
隙間が多いので気づかぬうち、
結構伸びていた萩の茂みのせいだろう、
ところどころがまだらに陰った小道の先には、

 “あ、そっか♪”

恐らくはさっき久蔵が探そうとしたものがあるはずと、
ここに至って七郎次にも察しがついて。
懐ろの久蔵が“にゃっにゃっ”と、
嬉しそうなお声を上げるのが聞こえるせいもあり、
知らず知らずのうち口許がほころぶの、隠し切れないのへと困りつつ、
それそらそれと、駆け足に拍子をつけてのクロちゃんに追いつけば、

 「みゅー・にぃvv」

一番乗りだにゃんと、
細いめの木立に前足でちょんと捕まるようにして止まった
かあいらしい仔猫さんがタッチしているその木こそ、

 「うんうん、キンモクセイっていうんだよ、それ。」

とっても小さいお花だのにネ、
それはそれは甘くていい匂いが遠くへまで香る庭木。
結構いろいろな樹木が揃っているお庭だが、

 「…みゅう?」

あれれぇ? こんな木ってあったっけ?と言いたいか、
ふわふかぷくぷくの頬が、抱えていた七郎次の腕へと当たるほども、
小首をかっくりこした久蔵だったのへ、

 「ヘイさんがね、昨日、届けてくれたんだ。」

よいよいよいと、軽く揺すってやりつつ、
昨日の夕方、勘兵衛に手伝ってもらって鉢から移植したばかりの、
まだまだ細い若木を見やる。

  二人ともご飯食べた後でうたた寝してたものね。
  というか、だからこその一仕事となったワケで。

 「昨日はまだ蕾も目立ってなかったはずなのにね。」

もう、ここまで馥郁と香りが立っていようとは、と。
いいお日和の思わぬ効果に頬をゆるめ、
さわりと吹いて来た風の中、甘い匂いが寄せて来るのへ目許を細める。

 「にぃにvv」

木の根元から離れ、とことこと戻って来たクロちゃんを、
おいでと久蔵と一緒に抱え上げてやっておれば、

 「   …七郎次?」

リビングの方から御主の呼ぶ声がして。
ありゃりゃ、洗濯物のカゴだけポツンと残されてちゃあ、
何があったかと案じもするよねと。
小さく舌出し、肩すくめ、
帰ろう帰ろうとその腕の輪を縮めて、
二匹に頬擦りしつつ弾むように歩き出す七郎次であり。
小さな小さなオレンジ色の花、明日また遊ぼうねと、
同じオレンジ色の陽の中、風に香りを載せながら、
仲よしな3人の後ろ姿、静かに見送ってくれたのでした。








   おまけ


 「……おお、戻って来おったか。」

豊かな髪をうなじに束ねた そちらさんも、
秋の装い、長袖のシャツ姿の勘兵衛が、
仔猫を抱えた女房殿のご帰還へ おっとお顔を上げて頬笑んで見せ、

 「すみません、妙な行方不明になって。」

恐縮する七郎次へ、ふふと微笑うお顔もどこか悪戯っぽくて。

 「携帯で呼び出そうかと思っておったところだぞ。」
 「あれま。」

言ったと同時、
携帯電話が入っていて、む〜〜〜〜んと震えたポケットだったのには。
ちょうどそこへと後足が触れていたものか、

 「にゃっ!」

小さなクロちゃんが、ひゃあっともがいて飛び上がり、
その拍子に……

 「あ痛っ☆」

かりりっと、おっ母様の腕を引っ掻いてしまったようであり。
緩んだ腕から久蔵までもが、すととんと芝生の上へ軟着陸。
そのまま、二人の坊や、
腕を押さえているおっ母様を不安げに見上げており、
殊に、驚いてのこととはいえ、
自分が引っ掻いたとの自覚もあったクロの方は、

 「にゃうみゅう……。」

足元から振り仰ぐようにしてか細い声を上げるばかり。
ああえっと、大丈夫だよと、屈み込んでの姿勢を低め、
小さな家族に、案じないようにと笑顔を見せておれば。

 「どら……。」
 「   はい?」

いつの間にそうまで間近に近寄っていたものなやら。
頼もしくも大きな手で、
二の腕を両方とも掴まえられたそのまんま、
これもそうと呼ぶべきか、
力づくにて…立ち上がるようその身を引き上げられており。
え?え?え?と、戸惑う七郎次の腕を、肘から上げさせての………


  「   なっ、何してんですかっ、勘兵衛様っっ!」
  「猫の爪で受けた傷はなめてはいかんぞ。」
  「今なめてる人が言っても説得力が…、
   いや、あ…や…あのその、えっと。////////」


   何やってんでしょうかね、いい大人が。
(笑)






   〜Fine〜  2011.09.28.


  *記念すべき百話目が こんなんでいいんでしょうか。(大笑)
   島田一族の勘兵衛様なんて比じゃあないほど、
   緩みまくりの島谷せんせえ。
   こんなんで邪妖が封印出来るとも思えないんですが、
   クロたんを引き継いだくらいだしねぇ…。
   まま、やれば出来る子なんでしょう、恐らく。
(おいおい)

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